藤花一拝乙夜覧

好きなだけ好きな書物を詰め込んで

#001 マイクル・コニイ『ハローサマー、グッドバイ』

―20世紀青春SF小説のマスターピース

 

今週のお題「SFといえば」

 

パラークシ-ブラウンアイズ。わたしの心を捉えて離さない理想の少女。

 

 “その女の子は小さくなんかない―僕よりほんの少し背が低いだけで、同い年で、名前は―ぼくは絶対に一生忘れたりはしない―パラークシ-ブラウンアイズだ。”

 

 イギリスの作家マイクル・コニイが一九七五年に発表した『ハローサマー、グッドバイ』(原題 Hello Summer, Goodbye)は地球外の惑星を舞台とした青春SF…なのだが、これは天体SFでもあり、海洋SFであり、戦争ものでもある、スーラの点描みたいにいろんな要素が三〇〇ページ前後のしなやかな少女の肢体に収まった複雑な小説になってる。マイクル・コニイは20世紀に活躍した小説家で、『ハローサマー、グッドバイ』はその作風の頂点にある作品である(本人もインタビューで、一番好きな小説としてあげている)。文体は平易でありながら深い考察と情動に富んだ作品であり、SFの入り始めにぜひ読んでいただきたいと思い、今回記念すべき第一回目に選定した。コニイのブログで公開されていた続編の『パラークシの記憶』とともに河出文庫より発表されている。

 

複雑といっても別に小難しい話が出てくるわけではない。単純に、主人公ドローヴとブラウンアイズの青春恋愛小説として読むだけでも読むに値するクオリティであるし、それだけで十分楽しめる小説である。事実わたしも一回目はブラウンアイズを必死に追いかけてそうやって読むのが精いっぱいだった。しかし、二回目、三回目と読むにつれ、ストーリーの奥底に隠れていた本性がやってきて、だんだんと豊かさは増してくる。これがマイクル・コニイの小説の完成度の優れた点だろうと思う。実のところ、こういった複層的な読み方ができるメディア作品は文化的要素としての傑作である。12歳の少年少女と、45歳の大学の文学教授が一緒に見て楽しめる作品というのは、一切関係のない他者を作品の文化的要素を媒介として結びつけるという意味において、文化的価値がある、ということになる。具体例で話そう。本の話はもうちょっと後にするので、必要なければ次の段落まで飛ばしていただきたい。要は文化作品としての面白さとは『メタルギア』なのである。(といってもわたしはスネークイーター作戦にしか参加してないが)メタルギアはステルスアクションというゲームジャンルを確立した面白いゲームである。普通に隠れながら双眼鏡で索敵しながら麻酔銃を撃つだけでも楽しい。しかしメタルギアの世界にはアメリカとソ連の対立、リチャード・ドーキンスミーム理論などが組み込まれていて、それらを理解した上で遊ぶことが面白いのだ。それはただ単に遊ぶことは質的に違う。同じ「面白い」なかでも、意味しているものは全然違うということがありえるのだ。ドーキンスを知っていることになんの意味がある、だからなんだと言われれば、まあ…それまでである。生物学者か哲学者でもない限り、ドーキンスの理論を知っていることの実際的な意味はあまりない。しかし、こういった無駄な知識は、生きることをとても面白くする。駐輪場や銭湯の鍵の番号で遊び始める。素数判定をしてニヤッとしだす(傍からみたらそうとうおかしなヤツなので、どうか放っておいてほしい)。知識には、こういったほどよい心地よく持続するほのかな幸福を提供する能力がある。わたしら一般人にとって。

 

閑話休題

 

『ハローサマー、グッドバイ』に話を戻そう。この小説は上流階級の公務員の息子ドローヴ少年と、パラークシという街の少女ブラウンアイズとのひと夏の恋物語である。二大国アスタとエルトの戦争のさなか、ドローヴ少年は両親に毎年のように避暑地である港町パラークシへと連れていかれる。なお、ドローヴくんの両親である父親のバートは強権的な性格で、母親のフェイエットも下流階級を見下してたり戦時下の物資割当制をガン無視して買い物したりというなかなかの問題人物。ドローヴ少年はそんな感じの不和な家庭環境に過ごしている。それでもブラウンアイズに会いたいので気持ちを押し殺して両親についていく。パラークシで出会った人たち、そしてブラウンアイズとともに岬を探検したり、船に乗って魚釣りをしたりしてひと夏を過ごすんだけど、政府の中で実はとんでもない陰謀が進んでいて…という話。どういう陰謀かは重大なネタバレになるのでやめておく。初見のラスト五十ページの急転直下の展開はほんとうに最高なので、ぜひ体験していただきたい。(実のところ、わたしは『ハローサマー、グッドバイ』のWikipedia日本語版記事の執筆にかかわっている。百科事典という性質上意図的に秘密を隠すべきではないのでネタバレ部分も書いてしまったのだが、それを後悔する気持ちとそれでも面白いから読んでほしいという気持ちが混とんとしている。)

 

 まああまりとりとめなく語り続けてもまとまりがなくなってしまうだろうから、本作の魅力を三点紹介しよう。

 

  • 卓越したSF設定

本作の舞台はスティルクという惑星であり、まわりにフューと呼ばれる太陽と、死の惑星と呼ばれるラックスがある。なので登場人物はエイリアンなのだが、ほぼ挙動は人間なのであまり気にしなくてよい。とはいえ、ここの世界の人たちには特徴があって、寒さが極端に嫌いだということがある。寒さにさらされ続けると発狂する。主人公の叔母は寒さで発狂して死んでいる。それにFreezingやFreezerといった単語は罵倒語として使われている。池や沼には獲物を氷の触手でとらえる変な動物がいるし、そして夜に寒さとともにやってくる惑星ラックスは最上級の罵倒語と、気候と言語が結びついているのである。そしてこの不思議な天体関係は『ハローサマー、グッドバイ』というタイトルとのダブルミーニングになっているのだが(多分)、それは重大なネタバレなのでここで割愛。ここら辺の謎はどちらかというと続編の『パラークシの記憶』I Remember Pallahaxiで語られる。

もう一つ重要なのは粘流(グルーム)と呼ばれる現象で、これは一年のうち夏の間に海水が蒸発して粘り気を帯びた流れになる現象。この時期は普通の船が動かなくなって、グルームスキマーという平底の船で航行する。そしてこの現象はパラークシの人々を団結させる一つの力になっている。ほかにも蒸留液というアルコール的な燃料による蒸気機関、精神感応能力を持った哺乳類のロリンといった、魅力的なSF設定が出てくる。確かに、たくさんのガジェットを持ち込むとSFはリアリティが増すのだが、あまり多すぎると読者の想像力が追い付かなくなったりストーリーラインがごっちゃになったりする。天体・海洋・動物、これだけのクセ強な設定を詰め込んで話がだれないのはけっこうすごいことである。しかもそれらのすべてが重要なストーリーに関わってくるので、無駄がない。ブタとニンニクと太麺を全部ぶち込んだ二郎系ラーメンのような奇跡のバランスである。そして最初の展開と最後がしっかり結びつくSF史上最高レベルのどんでん返し。これがたまらない。

 

  • 魅力的なヒロイン:ブラウンアイズとリボン

 ヒロインの好みは読者の性癖に依存する。文学批評の世界において、絶対的な価値基準はどこかにあるが、それでも小説の好き嫌いは人によって違うし、同じ人間が読んだって時に評価が変わってしまうものだから、そう気にしすぎることはない。嫌いなものや自分がよくわからないものに隠れた価値に気づくという瞬間は、わたしはとても好きだ。だから、好き嫌いが分かれるというのは決して嫌いな話ではない。しかし、この話もわたしの性癖が多分に含まれていることはあらかじめ謝っておかなければならない。しかし、性的な表現をあからさまに書くことは物書きのタブーであるので、できるだけ直接的な表現は避けるから安心していただきたい(あからさまに書きたいときは官能小説を書いてみるに限る)。本作でドローヴくんが付き合うことになる女の子は何人かいるのだが、メインキャラクターであるブラウンアイズとリボンだけあげておこう。

 

 ブラウンアイズはパラークシの酒場兼宿屋〈黄金のグルームワタリ鳥亭〉の娘。同年代の他の子供と比べると控えめで落ち着いた性格。茶色の髪の毛と瞳が特徴的な女の子。胸がちょっとだけあるという少女と女性の間のアンビバレントな感じが無垢だけど性的魅力を感じさせて好き。そして裸足が絶対かわいい(これは妄想)。ただ、ドローヴ少年の両親はドローヴとブラウンアイズの付き合いを快く思っていなくて、近くにはリボンという魅力的な女の子。やきもち焼いちゃうの本当にかわいくてすき。でも、政府とパラークシの街が対立するにつれ、ドローヴとブラウンアイズの関係は街の象徴的な存在になっていく。二人はうまく小細工をしてグルームワタリ鳥亭で一緒に生活するんだけど、そこからのブラウンアイズちゃんはマジで大胆になってて好き。両親をごまかしてお部屋にお誘いしたり、だれも見ていない海まで一緒にボートで漕ぎ出したりと。少女というキャラクター持つ特質である無垢さ、甘酸っぱい恋愛感情、必死さが最大限描きだされている。ファンタジー物の村娘系ヒロインが好きなら正解に近いヒロインではないかなと。

 

 リボンはドローヴがブラウンアイズに再会したときに一緒に居た少女。作中でもはっきり美人って言われてて、ドローヴの友人ウルフくんもベタ惚れの子。でも性格と口が悪くて、初見で読んでるときは正直なところブラウンアイズの引き立て役なんだろなあ…と思ってた。でも実のところリボンは両親に自分が美人だと言われ続けて育ってきたという背景があって、自分の性格の悪さを自覚してるところがある。ある事件がきっかけでリボンとドローヴ少年は二人きりになるのだけど、そこでリボンはドローヴと話しているうちに自分のことを反省して、彼を信頼し始める。まあ読めば読むほどいい女なんですよリボンちゃん。その事件のあとははっきりものをいう性格は残ったまま、ちょっと丸くなる。そしてドローヴくんがブラウンアイズにベタ惚れしてるのも理解してる。リボンとドローヴの別れのシーンで、ドローヴが「君のことは好きだった、ちょっとだけ」って言うんですよ、もうここのリボンとドローヴの感情がたまらなくセンチメンタル。正ヒロインではないけれど、彼女がいなかったら『ハローサマー、グッドバイ』の世界はずいぶん寂しくなったでしょうね。

 

  • ドローヴと周囲の環境の関わり方

 とまあここまでならただのあまあま恋愛小説で終わりなんだが、『ハローサマー、グッドバイ』で外してはならないのがドローヴ少年の成長。最初は両親のせいか冷めた感じなのにどこか幼い印象を受けるんだけど、政府とパラークシが対立して政府の担当官であるメストラーとパラークシのリーダー的存在のストロングアームの両方に関わるにつれ、だんだんと大人っぽくなってくる。これって民主主義の本質みたいなところを作者は祈りを込めて描いたんじゃないかな。最後、政府とパラークシは決定的に決裂する。ドローヴは親やほかの役人から、「自分たちこそが勝ち組なんだ」って伝えられるのだけど、ドローヴはそれを否定した。ドローヴくん、自分を縛っていた束縛から自由になってるんだ。これってすごい成長だと思わないだろうか?そして、ドローヴとブラウンアイズはなんとか人々の分断を切り抜けようとする。少年の恋愛が、だんだんと大人のものに変わっていく物語でもあるんだ。ま、ゆうべはおたのしみでしたね的な意味かもしれないですけど…

 

『ハローサマー、グッドバイ』は人気があったおかげで30年ぶりくらいに2008年に改訳され河出文庫より新版が出ているので、ぜひ読んでほしい。山岸真氏の翻訳はとても読みやすくなっており、またカバーイラストがブラウンアイズに変わっている。いまだにわたしにとってはSF小説界最推しヒロインである。1960~70年代のイギリスSFは良作だらけなので、これからもぼちぼち書かせてもらおうと思う。