藤花一拝乙夜覧

藤花みのりちゃんコレクションの本を語るこーなー

#005 小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』

ー古くて狭い宇宙の片隅から。

 

好きなんですよね、小川一水の作品。作品集を書棚の一列にずらりと置いております。遥かな広がりを持つ空間を描き出すことにとても優れている作家であると思います。外的宇宙が登場人物の内面と化学反応を起こしてその衝動が花開く。そしてラストは境界線を超えて更なる広がりの世界へ読者を導いてくれる爽やかなまでの疾走感。「一陣の風が吹く」エンディングという比喩がこれほど合う作家もそういない。だから、このブログを始めたときにも絶対に小川一水のことは紹介したいと考えていた。だって好きなもんで。

 

でも、そんな作家を紹介しようというとき、どの一冊を持ち出せばよいか…オタク特有の困りごと。最初に読む作品は、その後の読書体験に重大な影響を与える…ある作家の本を他人に貸したり勧めるときは、本気で悩む。別に読んでいることへの優越感を感じたいとかそんなわけはなく、本当に悩ましい。作家の作風、作品のクオリティ、相手の好み、読書能力を踏まえて、一番マッチしそうな作品を手渡す。読書は作家と読み手の間の空間に生じる体験だから…もしかすると、その人とその作家の関わりの最後の一冊になるかもしれないから。だから、うまくいったときは、我が子を誉められたように嬉しくなる。自分の嗜好が受け入れられたと思える。作家と読者の時間が新たに紡がれたように感じる。嬉しいのはリアルでもネットでも同じことだ。

 

そんな中で、一冊目にはこの本を選んだ。わたしならこれを推す。

 

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』。

 

核融合ロケット漁業百合SF小説」と、SFをまったく読まない友人にひとことで説明したことがある。嘘はついていない。宇宙をロケットで飛びながら漁業をする百合SF小説である。もともと『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』に収蔵された同名の短篇作品が人気を博し、長編化され発表されていたものだ(初見の方は、独立した長編の方から読んで差支えない)。元となる短編が発表されたのは2019年で、ちょうど『天冥の標』が完結したすぐあとに書かれたものだ。だからか、書き味が一番脂が乗っているのにごてごてせず澄み切った作品のように感じる。豊かなのに、なぜか一切がクドくない。そして、わたしが小川一水という作家の世界にほれ込んだ作品でもある。

 

物語の舞台はFBB(ファット・ビーチ・ボール)を中心とした辺境の星系。ここら辺に移住してきた人たちは足りない資源を昏魚(ベッシュ)という宇宙を泳ぐ鉱石でできた魚的サムシングを捕まえることで補っている。ここ漁業要素。そのためにピラーボートという船で漁をしている。このピラーボード、AMC粘土というすげえ物質でできており、なんとこの粘土、操縦者の想像力で船の形を変えられるうえ、燃料にもなるというチートじみた代物である。なんだこれほしい。船の形を変えて網なんかを作ることでベッシュを捕まえている。

 

漁をするためのピラーボートは二人乗りで、船の形を保つデコンパと操縦係のツイスタのコンビで漁をする。基本的には漁をするのは男女の夫婦であり、デコンパが奥さん、ツイスタが旦那さんという役割分担が決まっている。そして、漁獲は十二氏族というそこの住民たちで分配しあうという社会。氏族同士は大会議を定期的に行って運営され、漁獲が少ない氏族は次の会議まで豊かな漁場を譲ってもらえる。この分配システムがうまくいってるおかげで資源が乏しいFBB星系でも運営ができているというわけ。

 

さあ、物語のメインとなるのはエンテヴァ氏という氏族の元で暮らすテラちゃん。長身ロングヘアでへんな笑い方する。ふへへって笑う。かわいい。想像力があってデコンパとしての適性はすごくいいのだが、いかんせん想像力豊かすぎて船をめちゃくちゃな形にしてしまう。そんな感じでテラちゃんの船を乗りこなせる人がおらず、結婚できずに振られまくってる。おじおばからの結婚しろ圧力を笑ってごまかしながら苦悩中。そんな中、エンテヴァ氏の氏族船に一人の女の子が紛れ込んでくる。こちらがダイオードちゃん(表紙右の小さいほうの子)。銀色のスーツがかわいい。そしてテラちゃんに出会っていきなりテラちゃんの船に乗らせろ、とのこと。行動力バケモンじゃん。ダイオードの氏族船は遠く、密航者として送り返しもできないため漁をすることに。

 

しかし、漁に出たのはいいものの、夫婦で漁をしなければいけないという慣習にモロ違反してるうえ、ダイオードちゃんは密航者なので氏族同士の漁獲の分配規則違反と、漁獲を役人に受け取ってもらえない。さらに小さな女の子なので役人に舐められ結局遊びの船扱いで漁船扱いしてもらえない。氏族社会にがんじがらめにされる二人の女の子が、なんとか奮闘するお話が本作です。本作の魅力はなんといってもテラとダイオード、二人の女の子にあります。小さい体でもバケモンみたいな行動力と痛快な罵詈雑言で全力ダッシュするダイオード、どこかふわふわした感じだけど発想力で困難を切り抜けようと頑張るテラ。この二人のコンビが、狭い宇宙で波乱を巻き起こしていきます。

 

この作品のテーマは一言でいえば「古い社会からの逃走」にあるわけです。タイトルがランナウェイですからね。闘争ではなく、逃走。相手は社会なんで、個人ではパワーで勝てないわけです。姿かたちが見えないですからね。しかし、ただ逃避行的に逃げるのではなく、社会に抗って、自分たちだけのアジールへの逃げ。登場人物が困難な現実とぶつかって、自分たちの場所や空間を探し、作っていく。実はこれは小川作品を読解するうえで重要なテーマである、主体と環境の相克をラディカルに描いている作品なんです。『時砂の王』『老ヴォールの惑星』のような代表作も、このところを克明に描いた作品です。そして登場人物が変容した後のエンディングは本当に爽快そのものといえるでしょう。これが好きなら、きっと他の小川作品も好きなこと間違いなしです。

 

なお、続編である『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ2』もハヤカワ文庫JAより既刊ですが、個人的には『2』は続けて読まずに、しばらくこの作品の読後感を味わってほしいと思う。その上で、その味わいを変えたくないならそのまま閉じればよし、テラとダイオード、二人の続きが気になるなら『2』を読むとよい。小川一水作品の魅力はその広がりにある。なんというか、「読み終わってすぐに続きが書きたくなる」作家だ、という言葉が、わたしが贈れる最大限の賛辞だ。相変わらず舌っ足らずだけれど…ちなみに6月には3冊目が発売されるっぽいです。楽しみ。

 

 

夢見た世界は、ずっと小さかった。

狭い宇宙が爆縮し、ほうき星が飛んでいく。